「夕顔之墳」から堺町通を南へ2分ほど歩くと、「謡曲伝示 鐡輪跡」と刻まれた石碑が建っている。
古来より、嫉妬に苦しむ女性がその相手を呪い殺すと伝わる「丑の刻詣り」。
「丑の刻詣り」とは、丑の刻(真夜中の1時から3時ころ)に、白装束を着て、顔には白粉を塗り、五徳を頭にかぶり3本の蝋燭を灯し、神社の御神木に、怨む相手の藁人形を、五寸釘で打ち付け呪い殺すというもので、7日間で満願となり呪う相手が死ぬといい、またこの7日間の行の間に誰かに見られると、効き目は失せてしまうという。
(鉄輪(かなわ)とは火鉢の中に置く五徳で、鉄で出来た三本足の丸い輪でその上にやかんなどを載せて湯などを沸かすものである。)
そのゆかりの場所として有名だったのが貴船であった。
貴船は水の神を祀る地として平安遷都以前から崇められており、水は罪や穢れを流し身を清めることから、悪縁を流し良縁を結ぶとされ、悪縁を切ることから丑の刻詣りが言い伝えられたのであろう。
ここは夫に捨てられた女が、鉄輪(かなわ)をかぶり蝋燭を立てて生霊となって崇りをなすという、謡曲「鉄輪」の女性が使ったとされる井戸がある。
この引き戸を開けて、石碑の横を通って奥に進むと、今も当時のままだろう井戸が残っている。
井戸そばの駒札によれば、
『謡曲「鉄輪」は、男に捨てられた市井の女が、貴船へ「丑ノ刻詣り」をして、相手の男と、その後妻を祈り殺そうとする話が骨子になっていますが、この井戸は、「鉄輪の女」が住んでいたところのものだといヽ、一説には身投げをした井戸ともいわれています。
このような伝説から「縁切り井戸」として、井水を汲んで相手にのませると、悪縁が斬れるなどの俗信がありました。昭和10年には「霊井」となっています。
なお、かっては鉄輪できずかれた塚があったということです。』
出典:【「鉄輪の井」由来の駒札】より
しかし、この謡曲に謡われた女は、安倍晴明の祈祷によって消え失せたとあるのだが、この引戸には結界が引かれた霊気を感じ、その扉を開けて奥に進む勇気が出なかったのである。


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