この神社には狛犬のかわりに猪が置かれている。

01拝殿mid
これは和気清麻呂公が大隅国(現在の鹿児島県)へ配流の祭に、道鏡から差し向けられた刺客に襲われた時に、どこからともなく300頭の猪が現れ難を逃れたという説と、
皇統をお守り出来たお礼に宇佐八幡へのお礼参りに向う際に、どこからともなく300頭の猪が現れ、八幡宮までの十里の道を案内したという説がある。
このことから、公を救った猪を霊猪と称え拝殿前に雌雄一対の猪が対峙しているほか、境内には猪に因むものが多くあり、いのしし神社とも呼ばれている。
またこのことで、清麻呂公は萎えていた足が治ったといい、護王神社は足腰の治癒のご利益のある神社として、足腰にまつわるお守りやお札が並んでいる。

02和気清麻呂mid
説明板には、
『この護王神社にお祀りされている和気清麻呂公は、神護景雲3年(769)怪僧弓削道鏡が皇位を奪おうとしたとき、宇佐八幡宮の御神託によってその野望を挫かれた。
そのため公は道鏡の怒りを買い、大隅国(現在の鹿児島県)へ追いやられたが、その途中、万世一系の皇統をお守りできたことに感謝するため、豊前国の宇佐八幡宮へお礼参りに向かわれた。
その時、どこからともなく三百頭もの猪が現れ、公の周りを囲んで宇佐八幡までの十里の道のりを無事に案内した。
そして公が悩んでおられた足萎えも不思議に治ったという。(「日本後紀」巻八)
当神社では、公を救った猪を霊猪と讃え、拝殿前には公の随神として雌雄一対の猪が相対峙している。
そのおかげで、足の病気や怪我に悩む人々をはじめ、旅行安全や災難除けを願う人びとから厚く崇敬されている。』
                    出典:【和気清麻呂公と霊猪の説明板】より