宇治十帖を締め括るにあたり、宇治の段一帖である45帖「橋姫」から54帖の「夢浮橋」までをもう一度、順に辿ってみることにする。
まずは宇治一帖(45帖「橋姫」)から四帖(48帖「早蕨」)まで。
まずは宇治一帖(45帖「橋姫」)から四帖(48帖「早蕨」)まで。
四十五帖(宇治十帖(一))「橋姫」は、(薫20-22歳10月)
源氏の弟八の宮は二人の娘とともに宇治に隠棲し、仏道三昧の生活を送る。
みずからの出生に悩む薫は八の宮の生きかたを理想としてしばしば邸を訪れるうちに、ふとしたことから長女大君に深く心を引かれるようになる。
都に戻って薫が宇治の有様を語ると、匂宮もこれに興味をそそられるのであった。
「橋姫」の巻名は、晩秋の月の夜に、薫君が琵琶と琴をひく姫君の美しい姿を見て詠んだ、
「橋姫の 心を汲みて 高瀬さす 棹のしづくに 袖ぞ濡れぬる 眺めたまふらむかし」(姫君たちのお寂しい心をお察しして、浅瀬を漕ぐ舟の棹の、涙で袖が濡れました、物思いに沈んでいらっしゃることでしょう)に因む。
「橋姫」之古蹟を参照
四十六帖(宇治十帖(二))「椎本」は、(薫23歳2月-24歳夏)
春、匂宮は宇治に立寄り、中の君と歌の贈答をする。
秋、八の宮が薨去。二人の姫君たちは薫に托された。
薫は中の君と匂宮を結婚させんことをはかり、自らはを大君に想いを告げるが彼女の返答はつれない。
しかし薫の慕情はいっそうつのる。
「椎本」の巻名は、薫が故八の宮を偲んで詠んだ、
「立ち寄らむ 陰とたのみし椎が本 むなしき床に なりにけるかな」(立ち寄るべき陰とお頼りしていた椎の本は空しい床になってしまったな)に因む。
「椎本」之古蹟を参照
四十七帖(宇治十帖(三))「總角」は、(薫24歳8月から年末)
薫はふたたび大君に語らうが想いはとげられず、むしろ大君は中の君と薫の結婚を望む。
秋のおわり、大君がはかって中の君と薫をひとつ閨にとりのこすが、薫は彼女に手をふれようとしない。
最初の計画どおり、彼は匂宮と中の君を結婚させるが、匂宮の訪れはとだえがちで、これを恨んだ大君は病に臥し、やがて薫の腕のなかではかなくなる。
「總角」の巻名は、薫が八の宮の一周忌法要に事寄せて大君に詠んだ、
「あげまきに 長き契りをむすびこめ おなじところに よりもあはなむ」(あなたが縒り結んでいる總角結びのように、あなたと私が長く寄り添えるようになりたいものだ)に因む。
「總角」之古蹟を参照
四十八帖(宇治十帖(四))「早蕨」は、(薫25歳春)
翌年、大君の喪があけて中の君は匂宮のもとに引取られる。薫は後見として彼女のために尽くすが、それがかえって匂宮に疑われる始末であった。
「早蕨」の巻名は、中の君が阿闍梨から送られた蕨や土筆への返り事に詠んだ、
「この春は誰にか見せむ 亡き人の形見に摘める 嶺の早蕨」(今年の春は誰にお見せしましょうか、亡きお方の形見として摘んだ峰の早蕨を)に因む。
「早蕨」之古蹟を参照
出典:あらすじは【Wikipedia源氏物語あらすじ】より
-2008.10.07-




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