宇治上神社を出て宇治神社までの道わきに、48帖「早蕨」の古蹟が建つ。(宇治十帖(四))
四十八帖「早蕨」は、(薫25歳春)
翌年、大君の喪があけて中の君は匂宮のもとに引取られる。薫は後見として彼女のために尽くすが、それがかえって匂宮に疑われる始末であった。
出典:【Wikipedia源氏物語あらすじ】より
与謝野晶子は、
「早蕨の 歌を法師す 君に似ず よき言葉をば 知らぬめでたさ」(晶子)と詠んだ。
駒札には、
『年改まり、宇治の山荘にも春が来た。今年も山の阿闍梨から蕨や土筆などが贈られてきた。
中君は亡き父君や姉君を偲びつつ
「この春は たれにか見せむ 亡き人の かたみにつめる 峰の早蕨」と返歌なさった。
二月の上旬、中君は匂宮の二条院へ迎えられ、行先の不安を感じつつも、幸福な日々が続く。
夕霧左大臣は、娘の六君を匂宮にと思っていたので、失望し、薫君にと、内意を伝えたが、大君の面影を追う薫君は、おだやかに辞退した。
花の頃、宇治を思いやる薫君は、二条院に、中君を訪ねては懇ろに語るが、匂宮は二人の仲を、疑い始める。』
出典:【源氏物語 宇治十帖(四)總角の駒札】より



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