京への出入口、七口の一つ粟田口。三条大橋から山科を抜けて滋賀の大津へと続く出入口である。
粟田郷の氏神さまである粟た神社に出会った。
ここでも、その境内には桜の花がひっそりと、その時を盛りと咲いていた。鳥居を抜けると両脇に狛犬が並び、そのむこうで桜の花が向かえてくれた。
東山に連なるエリアとしては、人は誰も居なく、まさに地元の、粟田郷の氏神さんというに相応しい景色であった。
ここで、人力車に外人さんを乗せたのに出会ったのだが、こんな処まで案内をするなんて、流石に人力車ならではの観光だと思った。
そこを登りつめ社殿の桜を愛でて後、ふと振り返えってみると、平安神宮の赤い大鳥居が目に入った。前にも振り返ってこの赤い鳥居が見えたのだが、今日は、桜の花越しに平安神宮の赤い鳥居を見ることが出来た。
冬の時はインクラインの上からこの赤い鳥居が見えたのだが、このエリアだと少し高い所に登ると、平安神宮の鳥居が見えるのだということが分かった。
粟田口ではこんな景色にも会った。ちょっとみると、どこかのお寺さんの門のようにも見えるのだが、ここは道路であり車がこの門をくぐって行き来するのである。
車が通り抜けるところを撮ればよかったのだが、ここを車が通り抜けるとは、よもや思わず撮りそこねてしまったのだが、ちゃんと、高さ2.8m以内、幅3m以内との標識が立っているのだ。
一般の車であれば通ることが出来るのである。
何故ここに、こんな所に門が建っているのか不思議である。
そこをさらに南に歩くと、「良恩寺」がある。
本堂には、阿弥陀如来像、地蔵堂には導引地蔵をお祀りしている。
非公開のお寺で内は見ることは出来ないが、この寺には、豊臣秀吉から下賜されたといわれる、「手取り釜」が残されている。
もう少しで青蓮院というところに、あおくすの庭という所があった。
ここでこんな花を咲かせた木があり、この景色を見ながら青蓮院へと向かった。
-2007.04.18-
粟田郷の氏神さまである粟た神社に出会った。
ここでも、その境内には桜の花がひっそりと、その時を盛りと咲いていた。鳥居を抜けると両脇に狛犬が並び、そのむこうで桜の花が向かえてくれた。
東山に連なるエリアとしては、人は誰も居なく、まさに地元の、粟田郷の氏神さんというに相応しい景色であった。
ここで、人力車に外人さんを乗せたのに出会ったのだが、こんな処まで案内をするなんて、流石に人力車ならではの観光だと思った。
そこを登りつめ社殿の桜を愛でて後、ふと振り返えってみると、平安神宮の赤い大鳥居が目に入った。前にも振り返ってこの赤い鳥居が見えたのだが、今日は、桜の花越しに平安神宮の赤い鳥居を見ることが出来た。
冬の時はインクラインの上からこの赤い鳥居が見えたのだが、このエリアだと少し高い所に登ると、平安神宮の鳥居が見えるのだということが分かった。
粟田口ではこんな景色にも会った。ちょっとみると、どこかのお寺さんの門のようにも見えるのだが、ここは道路であり車がこの門をくぐって行き来するのである。
車が通り抜けるところを撮ればよかったのだが、ここを車が通り抜けるとは、よもや思わず撮りそこねてしまったのだが、ちゃんと、高さ2.8m以内、幅3m以内との標識が立っているのだ。
一般の車であれば通ることが出来るのである。
何故ここに、こんな所に門が建っているのか不思議である。
そこをさらに南に歩くと、「良恩寺」がある。
本堂には、阿弥陀如来像、地蔵堂には導引地蔵をお祀りしている。
非公開のお寺で内は見ることは出来ないが、この寺には、豊臣秀吉から下賜されたといわれる、「手取り釜」が残されている。
もう少しで青蓮院というところに、あおくすの庭という所があった。
ここでこんな花を咲かせた木があり、この景色を見ながら青蓮院へと向かった。
-2007.04.18-
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