一条戻橋から堀川通を挟んで、斜め北側に晴明神社がある。

01鳥居mid
平安の陰陽師、安倍晴明をお祀りしている神社であり、最近は映画や漫画などで虚実取り混ぜて画かれ、その実像は定かではなくなっている。
安倍晴明公は孝元帝の御子で陰陽師として、朱雀、村上、冷泉、円融、花山、一条と六代の天皇に仕え、寛弘2年(1005)に85才で亡くなったとされる。
その当時では大変な長寿であり、その屋敷跡に晴明神社として祀られ現在に至っている。

02本殿mid
☆の形は、晴明桔梗印とも五芒星ともいい祈祷呪符の一つで、魔除けの印でありこれにて戻橋の下の式神も操っていたのであろうか。
晴明といえば、この五芒星の印とは切っても切れない関係にある。  
桃は厄除けの象徴として用いられ、この桃に触れると身に付いた厄を払ってくれるとあり、願いを込めて触らしていただいた。
晴明神社には堀川通に面した所とそれを潜って本殿に入る所とに鳥居があるが、当初は広大な神社であったが、戦火や秀吉の京改築などで縮小したのだが、昭和25年に堀川に面するよう境内が拡張され、その為に堀川通とその奥にと、二つの鳥居が建つ事になったのである。

03清明井mid
境内には、山城の名水の一つ清明井があり、安部晴明もこの水で吉凶を占ったかどうか分からないが、悪霊を取り除く水といわれている。
立春には、上部の五芒星を回し取水口をその年の恵方に向けるということが行なわれている。千利休もこの水を利用したといわれている。

04千利休mid
また葭屋町通元誓願寺下ルに千利休の屋敷があったことが分かり、その地が調度この境内の場所にあたり、その跡地として、千利休居士聚楽屋敷跡の石碑が建っている。
                               -2007.03.31-