文殊堂
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文殊さんは日本に多々あるものの、日本三文殊といわれるのが、安倍文殊院(奈良桜井市)、切戸文殊(京都天橋立(知恩院)) と、ここ黒谷文殊堂(京都東山(金戒光明寺) である。
ここに行くまでは三重搭の文殊さんがあることは知っていたが、ここが日本の三文殊のひとつであるとは、全く知らなかった。
その文殊堂の横に紅く染まった紅葉の木があった。

鎧掛けの松
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熊谷次郎直実が出家の時に法然上人を訪ね、方丈裏の池で鎧を洗い、この松の木に掛けて出家をしたといわれる「鎧掛けの松」である。初代の松は枯れて、この松は二代目だそうである。
熊谷直実は源平合戦の元暦元年(1184)の「一の谷の戦」で、平敦盛に出会い沖の船に向かっている敦盛を呼び戻し、勝負の末にその首を切り落とした源氏方の武士である。
明治39年に作られた「青葉の笛」という歌に、
「一の谷の軍(いくさ)破れ討たれし平家の公達あわれ 暁寒き須磨の嵐に聞こえしはこれか青葉の笛」
と歌われている平家の公達が、平敦盛、若干14才、この時に腰にだずさえていたのが「名笛小枝」の笛であり、これを歌ったのが青葉の笛である。このことがあり、世に無常を感じた熊谷直実は京都黒谷の法然上人を訪ね出家することになるのである。
その鎧掛けの松から反対側を見ると、極楽橋が見え、この橋を渡り階段を登ると三文殊の一つ「黒谷文殊堂」がある。

御影堂
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鎧掛けの松越しに御影堂が見える。紫雲山黒谷金戒光明寺は法然上人ゆかりの地である。大殿は、昭和19年に再建され昭和の代表的な木造建築といわれている。その横に、黄色く色づいた黄葉の木があった。
それを見ながら小さい道を歩くと、黒谷さんの北門がありここを出るとすぐに真如堂が見えてくる。次は真如堂の紅葉に出会うこととする。

                               -2006.11.28・29-