京都駅から歩いて3分のところに、天文7年(1538)創建の正行院があるのだが、別名「猿寺」とも呼ばれている。



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猿寺と呼ばれるようになった訳を「猿寺縁起」にみると、

『開山円誉上人が京都北山で修行中、庵にやってくる猿たちに「南無阿弥陀佛」と書いた「お守」を災難除けに猿たちの首に付けてやった。

その後、又十郎という猟師に命を狙われた猿は、そのお守のお陰で救われ、そのお守の奇縁から又十郎は今までの殺生を改心して、

この寺で出家して命を奪ってきた動物たちの供養をして生涯を終えたという。(猿寺縁起)

このことから正行院は猿寺といわれるようになった。』

                    参照:【正行院・猿寺の駒札】より

この縁起が広まり、災難除けの猿寺として信仰を集めている。

また、釈迦が正しく生きるための道を説いた「八正道」

(はっしょうどう:仏教において涅槃に至るための8つの実践徳目である

正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定のこと)

を、猿に因み「八猿正道」(はちえんはっしょうどう)を説く。

八猿正道とは「見ざる、思わざる、言わざる、為さざる、合掌ざる、持たざる、忘れざる、聞かざる」の八体の猿たちが八正道の教えを体現しているという。



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駒札には、

『正行院は、天文7年(1538)に円誉上人(1496~1584)が、開山した寺である。

円誉上人は、京都北山の中川の里で念仏修行の時、庵に遊びに来る多くの猿たちの首に「南無阿弥陀仏」と書いた名号を結びつけて、お守りにせよと授けられた。

お守りを首にかけた猿は、ある日漁師に命を狙われたが、そのお守りのご利益で、猿の命は救われた。

猿の命を狙った猟師は、そうした奇縁から改心して正行院で出家して僧となり、今まで殺生してきた動物たちの供養をして生涯を終えた。

その話が都に広まり、正行院は「猿寺」と呼ばれるようになった。

寺には、八百頭の猿の人形が飾られており、その中には、お釈迦さまが説きになった「八正道」を猿が体で表した。

「見ざる、思わざる、言わざる、為さざる、合掌ざる、持たざる、忘れざる、聞かざる」の八猿がある。』

                    出典:【正行院(猿寺)の駒札】より