神泉苑は、日照りが続き旱魃(かんばつ)の兆しがみえると、雨乞いの儀式が行われた所でもある。



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神泉苑での雨乞いの歴史の中で、天長元年(824)東寺の空海と西寺の守敏(しゅびん)とが、

旱魃に苦しむ民を救えと、淳和天皇の勅命により、神泉苑の法成就池で雨乞いの祈祷を行うことになった。

かって、空海と雨乞いの法を競ったときに、空海の法力に敗れていた守敏は、

呪力で雨を降らせる龍神を閉じ込めて、空海の法力を封じようとしたのである。

しかし空海はこれを見抜き、北天竺に唯一つ残った善女龍王を勧請し、日本国中に雨を降らしたという。

以来、神泉苑の法成就池には善女龍王が住むようになったと云われる。

この法力対決に敗れた守敏は力を失い、西寺の衰退につながっていくのである。