| 世界三大美人のもう一人は、古今東西で意見が分かれることになる。 |
| 日本では、小野小町を挙げるのだが、西洋では、トロイアの王女・ヘレネーを挙げている。 |
| ちなみに中国では、楊貴妃とともに、西施(せいし)・王昭君・貂蝉(ちょうせん)のうちの一人を挙げる。 |
| というように国によって三人目の美人が変わるのである。 |
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| 小野小町が生きた時代は、正確には分かっていないのだが、平安時代の初期から中期を生きた人物ではないかと言われている。 |
| 生まれは、出羽国(現在の秋田県)小野と言われるているのだが、はっきりとはせず、全国いたる所に生まれ故郷が存在する。 |
| 秋田県小野市を初め、山形県酒田市、福井県越前市、福島県小野市、神奈川県厚木市、京都市山科区、はたまた熊本県の熊本市までと |
| いったいどこで生まれたのか雲を掴むような話であるのだが、小野一族が、陸奥邦にゆかりが深かったことから、やはり東北のどこかで生まれたのではと考えられている。 |
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| クレオパトラと楊貴妃が美しさの盛りに亡くなったのに対し、小町は長寿を全うしている。それゆえに、年老いた自分を顧みて |
| 「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」 |
| と詠んだように、老いを向えて衰えは隠しようもなく、自虐的な歌を詠み、晩年の像は見るも無残な姿となっている。 |
| 小町の墓所もまた、全国にあり枚挙に暇がないのである。 |
| 小野小町は、クレオパトラ・楊貴妃と並び、世界三大美人の一人と言われているように、たぐいまれなき美人だったようである。 |
| しかしクレオパトラの美貌は色あせて、楊貴妃はその身をもてあましていたようで、真の美人は小野小町だったと言われるが、 |
| 小町もまた卒塔婆小町にみられるように、晩年の姿はその美を留めてはいない。 |
| 世の美人の定義として、男をもてあそび時代の流れを変えたということであれば、今の世に美人は存在しないのであるが、 |
| いずれにしても美意識は時代や個々によって夫々で、蓼くう虫も好き好きで、個別に美人の定義は異なるのである。 |
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