美人の条件はというと人それぞれである。

自分は始めて東京に行った時には、なんと奇麗な女(ひと)が居る処だろうと、行違う女(ひと)を何度も振り返って見たものだが、

それから何回も東京に行くにつれ、すれ違う女(ひと)に振り返るような美人が見当たらなく、最初に行った頃の感動は何処へやら、

それほどに美人の条件は主観的なものである。



 クリックで大きくなります
話を元に戻す。世界三大美人といえば、まずはクレオパトラ。

クレオパトラと名がつく女(ひと)は何人もいるのだが、ここではクレオパトラ7世をいい、

古代エジプトの紀元前69年から起源前30年をを生きた、プトレマイオス朝最後の君主である。

クレオパトラ7世の治世は、強大なローマ帝国との共存を欠かすことが出来ず、これなくしてエジプトの存続はないと考えられていた。

弟のプトレマイオス13世は、姉の考えに不服を表し、エジプトに入ったローマ帝国のカエサルに、

色仕掛けで近寄るクレオパトラに、「怒り心頭に発し、王冠をはずし、地面に叩きつけた」という。

プトレマイオス13世は、カエサルの軍を攻撃するも敗れ、ナイル川で戦死をするのである。



 クリックで大きくなります
プトレマイオス13世が戦死をすると、クレオパトラは益々カエサルに近づき、その子を産んだともいわれるのだが、

カエサルが「et tu Brute?(ブルータス、お前もか)」との言葉を残し暗殺されると、

その後、アントニウスはクレオパトラと情を交わすのだが、アクティウムの海戦で部下を置き去りにし、

クレオパトラの後を追うようにエジプトへと逃げ帰るのだが、その行動が誤解を生み自殺をする。

エジプト軍は壊滅し、クレオパトラも囚われの身となり、その最期は送られてきたイチジクの身に忍ばせておいた毒蛇に乳房を噛ませて、39年の生涯を閉じるのである。