市バスの「三条京阪前」または、京阪電車「三条」の駅を出ると直ぐにあるのが「檀汪法林寺」である。「だんのうほうりんじ」と読み「だんのうさん」と呼ばれ、市民に親しまれている。



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だん王さんへの入口は二つあり、ひとつは三条通に面し「三条京阪前」でバスを降りると目に入る「三条門(南門)」

明治21年(1888)に、奥に見える二層楼門と共に建立される。二層楼門には四天王像が安置されている。

また川端通に面して建つのが「川端門(西門)」明和3年(1766)に主夜神尊を信仰していた有栖川音仁親王の寄進によるもので、瓦には菊の御紋が入っている。



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駒札によれば、

『「だんのう」の名で親しまれている檀汪法林寺は、もとは天台宗に属し蓮華蔵寺と称していたが、

文永9年(1272)、望西楼了恵がこれを浄土宗に改め、悟真寺と称したことに始まる。

その後、永禄年間(1558~70)に焼失、廃絶したが、慶長16年(1611)に袋中上人が当寺を再興して、現在の名称に改めた。

本堂は、元文3年(1738)から寛延3年(1750)ごろにかけて再建されたもので、彫刻、彩色等の装飾的要素が多用されている点に特色がみられ、

また平面構成は江戸時代中期における浄土宗寺院本堂としては異色なものである。

西門は、本堂とほぼ同時期の寛延4年(1751)に造営された朱塗の一間薬医門である。

霊屋(たまや)は、墓地の北東隅に二棟並ぶ方一間の小さなもので、東と西にそれぞれ開山、第二世の卵塔を収めている。

いずれも後補材が多いものの、造営年代は江戸時代前期と考えられ、小規模ながら質の高い建物である。』

            出典:【檀汪法林寺四棟(本堂・西門・霊屋(二棟))の駒札】より

だん王さんには「主夜神尊」という名の、大変珍しい神様が奉られている。

主夜神は、慶長8年(1603)中国の明に渡ろうとする袋中上人の祈りの中に現われた神で

「婆珊婆演底主夜神(ばさんばえんていしゅやじん)」と名乗り、明に渡る上人の心の支えになったと言う。

帰国後も、主夜神への信仰厚く檀汪法林寺にお奉りをする。その後、檀汪法林寺の主夜神は、皇族や公家また徳川家などの庇護を受けている。

また猫が主夜神のお使いであるとされ、黒い姿の招き猫が開運・商売繁盛を招くと、江戸庶民に授けられたという。

寺社が授ける招き猫としては、日本最古のものだと言い伝わっている。