| 専修寺から南に坂道を下れば、まわりをフェンスで囲まれた所がある。 |
| 一見なんの変哲もない所なのだが、これが国の史跡に指定されている「栗栖野瓦窯(がよう)跡」である。 |
| |
| 岩倉幡枝の地は、古くから良質の粘土と焼物に必要な薪に恵まれた土地であり、平安京が出来る前から、瓦の製造が盛んな土地であった。 | |
| そんな中で、官営の「栗栖野瓦窯」は、昭和5年に発見されてから、度々の調査が行われ、24期の瓦窯跡が見つかっており、 |
| 出土品には「栗」や「木工」の銘が記ざれており、延喜式の木工寮に記載されている「栗栖野瓦屋」と合致することから、 |
| ここに瓦を焼く窯が存在したことが実証されており、昭和9年に国の史跡に指定されている。 |
| |
| 説明文によれば、 | |
| 『この幡枝一体には、飛鳥時代から平安時代に及ぶ大規模な古窯跡群がある。 |
| その中でも栗栖野瓦窯跡は、平安時代の官営瓦窯群として全国的に知られている。 |
| ここで生産された瓦は、平安宮大内裏跡をはじめ平安京内外の寺院跡から多数出土している。 |
| 窯の構造としては平窯が多いものの、中にはトンネル状の窖窯(あながま)もあり、一部では緑釉(りょくゆう)陶器や須恵器も焼いていたものと見られる。 |
| 出土した瓦には「栗」「木工」銘を配したものがあり、平安時代の文献である「延喜式」木工(もく)寮記載の「栗栖野瓦屋」に一致するものとして注目をされている。 |
| このように栗栖野瓦窯跡は、平安時代の窯業を知るうえで貴重な遺跡であり、昭和9年1月21日、国の史跡に指定された。 |
| (史跡指定地:京都市左京区岩倉幡枝町654番地、669番地、665番地の7)』 |
| 出典:【史跡 栗栖野瓦窯跡の説明文】より |
コメント