大炊御門万里小路殿の石碑が立つその横にあるのが、中江種造が京都で別邸とした寿山荘である。

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中江種造は、江戸後期の弘化3年(1846)から昭和6年(1931)まで、徳川幕府から明治・大正・昭和と4代にわたって生きた人物である。

年代をまたがって生きるのは2代から長くて3代までなのだが、この人は江戸から昭和ともっとも多くの年代を生きたのである。

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中江種造は、古河財閥を起こした古河市兵衛のもとで力を発揮し、古河鉱業として銅山を開き、古河財閥の発展に貢献をした人物である。

後に古河財閥を辞して中江産業として独立をし一代で富を築き、寿山荘の名でここに別邸を建て、

なかを覗き見することは出来ないのだが、今なお京の大学校などに門を開き、展示会などが催されている。