東洞院通の岸駒(がんく)の住まいした所から、丸太町通に出て西に歩くところを、逆に東に、いま京都の小学校で、ここに通わせたいという親が多いという御所南小学校へと寄ってみた。

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御所南小学校は、その名のとおり御所の南側、中京区柳馬場通夷川上る五町目にある小学校で、

ここもまた明治初期に造られた番組小学校である、上京第22番組小学校として開港されたものである。

その後、明治・大正・昭和と京の児童教育に力を注いできたのだが、平成に入り児童数の減少と共に、

他の番組小学校と統合され、富有小学校の跡に御所南小学校として、平成7年に開港するのである。

この学校は京都の小学校でも、学力テストの点数が高く進学にも有利だとの噂が広がり、少子化のなかで児童数が増えるという逆現象を引き起こしているのである。

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ここにあった富有小学校を偲ぶ石碑の碑文には、

『富有小学校は、明治2年10月16日わが国最初の小学校のひとつである上京第二十二番組小学校として開校した。

以来百二十四年にわたり、春は若葉の色はえて、秋は黄金の実をむすぶ大いちょうのもとに、心正しくすこやかな七千余名の有為な人材を育て世に送り出した。

平成5年3月、二十一世紀への人づくりを希求する学区民の総意に基づき、

梅屋竹間・龍池・春日の四校とともに新統合校御所南小学校にその使命を引き継ぎ、輝かしい歴史の幕を閉じた。』

                  出典:【富有小学校の碑文】より