その「伏見みなと公園」の中にも、坂本龍馬にまつわる銅像が建っている。

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それは「龍馬とお龍、愛の旅路」像と題したもので、龍馬とお龍さんとが並んで立っているものである。

龍馬は、伏見の港にあった寺田屋の女将の登勢にお龍を託し、日本の洗濯に奔放をしていたのである。

そんななかで偶々、寺田屋でお龍と共に過した一夜に、伏見奉行所の捕り方に囲まれるのだが・・・・・

この続きは、伏見「龍馬をゆく」と題したホームページに書きとどめたので(下をクリック)
『伏見「龍馬をゆく」』

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二人の像の横に立つ碑分には、

『薩長同盟を締結させた直後の慶応2年(1866)寺田屋に宿泊していた坂本龍馬は、伏見奉行所配下の捕り手に囲まれます。

この時、危機を察知したお龍により命を救われた龍馬は、しばらく伏見薩摩藩邸にかくまれていましたが、

右手の傷を癒すため、ここ寺田屋浜から三十石船に乗りお龍とともに、九州の霧島へと旅立ったのです。』

                出典:【「龍馬とお龍、愛の旅路」像の碑分】より

とあるが、この時に龍馬が負った右手の傷を癒やすためお龍とともに、

この寺田屋浜から三十石船に乗り、薩摩の帆船で霧島へと向かうのだが、これが日本初の新婚旅行だと言われている。