宇治川派流に架かる「京橋」の辺りが、伏見の港の中心をなした所であり、多くの船宿があったが、今では、寺田屋がその名残を留めるのみである。

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京橋を渡り、川の反対側には「伏見みなと公園」という小さな公園がある。

伏見みなと公園と「みなと」の字が平仮名となっているのは、あとで出てくる公園と呼名が同じで、

ここは平仮名、後に出てくるのが漢字で「港」と書かれた公園なのだが、どうやらこちらの小さな公園のほうが、昔に栄えた伏見の港だったようである。

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京橋の橋の東側に公園となった船溜りが、かつては宇治川派流の水運を利用して、

京・大坂からの10石船や30石船で賑わい、西国大名の参勤交替の宿泊地としても栄えたようである。

当時の面影を残すのは、今は寺田屋のみであるが、この寺田屋も鳥羽伏見の戦いで焼けてしまい、今の寺田屋はそれ以降に建てられたのだと言うのが通説となっている。