出町枡形商店街から西に、また京都御苑東北の梨木通を北に突き当ると「幸神社(さいのかみのやしろ)」がある。

その名前から幸を願いにくる女の一人旅、いや最近は男女二人で、その願いを祈願する旅人が多いようである。

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幸神社と書いて「さいのかみのやしろ」と読むようで、

浅学な自分など「さちじんじゃ」とか「さいわいじんじゃ」としか読めなくて、とてもご利益を頂くような資格はないのである。

社域はそんなに大きくはないのだが、創建は古く神代(かみよ)の昔に建てられたものだと云い、

平安遷都と共に、桓武天皇が平安京の鬼門除けの守護神として、京都御所の東北に建立したのだという。

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門前に掛る説明文によれば、

『日本最古の縁結びの神として知られる当社の祭祀は、遠く神代に始まり天武天皇の白鳳元年(661)に御再興され、

平安京創建時(794)桓武天皇により、皇都の東北の鬼門除け守護神として御造営されました。

平安京造営時には社名を「出雲路道祖神」と云い、江戸時代の初め現在の地に御遷座された祭「幸神社」と改められました。

主祭神に祀られる猿田彦大神は、当社に伝わる道祖神信仰と習合せられ、古くより霊験あらたかな縁結びの神として崇められています。

そして、相殿神に祀られる天鈿女命は、神代随一の踊り手で芸能の始祖として知られ、

また歌舞伎の創始者である出雲の阿国が当社の稚児、巫女として仕えた故実により、芸能上達を願う人々の崇敬を集めています。

本殿東側の壁に祀る三番叟(御幣を担ぐ猿の神像)は御所内裏の東北隅の猿ケ辻に祀られる猿の神像と共に皇都を護っています。

表鬼門である東北の空を雲上にて眺望し、疫神・悪鬼・邪気等の侵入を防ぐ姿を顕しています。

御神徳 縁結び・芸能上達・鬼門除け・旅行安全』

                  出典:【幸神社の説明板】より

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この神社はまた、主祭神に猿田彦大神を祀り、共に天鈿女命(あめのうずめのみこと)を弊祀しており、

天孫降臨で、猿田彦大神が邇邇芸尊(ににぎのみこと)を道案内したことから、

道祖神信仰と合わせ天鈿女命との関わりから、縁結びの神としても知られている。

また天鈿女命は天照大神が天岩戸に隠れた時に、岩戸の前で、

胸乳を露わにし裳帯(もひも)を臍の下に垂らして踊った神として、そこことより芸事の神としても崇められているのである。