下河原通から石塀小路を、ねねの道に抜け、日も随分と西に傾いたので、東大路を通るバスで帰ろうかと思ったが、

ここを通る100系統のバスはいつも混んでいて、まず乗ることがないのに加え、

今回は一日乗車券も買っていないので、少し遠回りなのだが、京阪五条の駅まで歩くことにした。

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ねねの道の突き当りを右に折れ少し歩くと、通称、伽羅観(きゃらかん)さんと呼ばれる「青龍寺」がある。

本尊である聖観音像が伽羅の木で彫られたことから「伽羅観音」とも呼ばれることから、親しみを込めてこう呼ばれている。

駒札によると、

『見性山(けんしょうざん)と号し、浄土宗鎮西派に属する。

延暦年間(782~805)に、桓武天皇の勅令によって小塩山(おしおやま:右京区)に建てられ、もと大宝寺と称したが、平安遷都とともにここに移ったといわれる。

その後荒廃していたが、建久3年(1192)、法然の弟子・見仏(けんぶつ)が再建し、法然を招いて、念仏道場として引導寺と改めた。

更に、寛永年間(1624~1643)、霊巖(れいがん)によって青龍寺と改称された。

本堂に安置する本尊聖観音像は平安時代の作品で、伽羅観音ともいい、桓武天皇が伝教大師(最澄)に命じて、唐から渡来した伽羅の木で彫刻させたものと伝えられる。

本堂の前にある大小二つの石は念仏石といい、見仏らが阿弥陀仏を昼夜に六回拝む六時礼讃を行ったとき、伏せ鉦の代わりにこれを叩いて礼讃の調子をとったといわれている。』

                       出典:【青龍寺の駒札】より

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東大路通を越え六波羅界隈の道をくねくねと歩き、川端通に出ると、早い冬の日暮れ(1月25日)、京阪五条の駅への入口の灯りが一際目立っていた。

今回のぶらり歩きはここで於えるが、京阪「五条」の駅は「清水五条」となっていたことを、すっかり忘れていた。