| 祇園の小路歩きも、有楽稲荷大明神に詣で、まだ日が暮れるには少し時間があったので、石塀小路まで歩みを伸ばしてみようと思い、東大路通の東山安井から東に入り、下河原通から石塀小路へと入る。 |
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| 石塀小路は、八坂神社の南門から南に伸びる下河原通りから、高台寺通(通称、ねねの道)へと抜ける小路である。 | |
| 名前の由来は、石畳の両側に高く積まれた石垣の塀に因み、石塀小路と名付けられた。 |
| この石垣は大正時代に、大雨が降ると高台寺に近い菊渓(きくたに)川が氾濫し、土砂が流出するのを防ぐ為に、高い石塀を設けたのだという。 |
| 今のように石畳が敷かれたのは、京都市電が廃止され、その線路に敷かれた石畳をここに敷いたのだという。 |
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| 下河原通から石塀小路への入口である。石塀小路への入口は、下河原通に2ケ所、ねねの道に1ケ所となっている。 |
| そのいずれの入口にも、ここが石塀小路の入口だと分かるように「石塀小路」と書かれた、ランタンがぶら下がっている。 |
| トンネルのような入口の先には何が待っているのか、まるで異次元空間に誘い込まれるような不思議な雰囲気を漂わせている。 |
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| またこの辺りは、もともと圓徳院の境内であったのだが、明治になり、その一部を切り崩し通り抜けの道を作ったのが、石塀小路なのである。 | |
| その名残として圓徳院の外壁が小路の一部に残っている。 |
| 当時としては珍しい輸入レンガを使ったもので、石塀の中にモダンな雰囲気を醸し出しているのである。 |
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| こちらが、ねねの道からの入口である。下河原通から入り、ここから出るとその雰囲気は一変し、観光客で溢れかえる通りとなる。 | |
| この道が「ねねの道」と呼ばれるのは、秀吉の正室ねね(北政所)が秀吉を弔うために開いた「高台寺」があり、 |
| また77年の生涯と閉じたねねが住んだ跡に建てられた圓徳院など、ねねにまつわるものがあることから、ねねの道と呼ばれる由縁なのである。 |
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