四条大橋の南にあるのが「南座」。江戸時代初期、幕府公認の芝居小屋が七座あったのだが、唯一、今に残るのが「南座」である。

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江戸の初期に七座あった芝居小屋が、火事などで焼失し江戸の末期には北座と南座の二座を残すのみとなり、

その北座も、明治25年(1892)に、四条通に電車を通すために閉鎖され、南座のみとなってしまう。

その後、松竹の所有となり、昭和4年(1929)に桃山風の外観をもった鉄筋コンクリート製の5階建の建物が建てられた。

以来、祇園のランドマークとして400年に亘り、今日まで歌舞伎が上演されている。

また12月には、吉例顔見世興行の時は、役者の名前を書いた「まねき」という看板が掛かり、京の年末の風物詩となっている。

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また四条河原町は、出雲阿国が歌舞伎踊りを始めた所といわれ、それを伝える碑が南座の横に立っている。駒札によれば、

『慶長8年(1603)この辺り鴨河原において歌舞伎の始祖出雲の阿国が初めてかぶきをどりを披露しました。

この碑は昭和28年11月吉例顔見世興行を前に歌舞伎発祥三百五十年を記念して、松竹株式会社により建設されたものであす。

我が国が世界に誇る文化財歌舞伎を日本の至宝として末永く後世に伝えたいという願いが込められております。

碑の文字は、元日本芸術院長・高橋誠一郎氏の筆によります。』

                    出典:【阿国歌舞伎発祥地の碑の駒札】より