| 京の三名水「染井」の前にあったのが、源氏物語ゆかりの地の説明板。 |
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| 説明板には、「梨木神社(中川の家候補地)」とあった。 | |
| 平安京の東端(東京極大路付近)の二条以北にあったとされる中川家は、光源氏が花散里に逢いにでかけた場所とされ、その地が梨木神社のこの辺りだったという。 |
| (上京区寺町通広小路上る染殿町(梨木神社境内)) |
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| 説明板によると、 | |
| 『平安京東端の、東京極大路に沿って流れていた京極川の二条以北を中川と呼んでいた。 |
| 付近の廬山寺は紫式部邸跡といわれ、「源氏物語」でも貴族の別荘が多く建ち並ぶあたりと設定されている。 |
| 「花散里(はなちるさと)」で右大臣の圧力が強まり、心休まらない源氏は花散里に逢いに出かける場面で |
| 「中川のほどおはし過ぐるに」とあることから、花散里邸はこの辺りと推定されている。花散里は姉の麗景殿女御と住んでいた。 |
| また「帚木(はばきぎ)」では、光源氏が方違(かたたが)えで紀伊守邸を訪れ、空蝉に出会う場面があるが、 |
| この屋敷があった場所も中川である。「蜻蛉日記」の作者(藤原道綱母)も中川の近くに住んでいた。』 |
| 出典:【源氏物語ゆかりの地 梨木神社(中川の家候補地)】より |
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