西寺町通が二条通にあたろうかという所にあるのが、実父織田信長と養父村井貞勝の菩提を弔うために建立された「見性寺」。

 クリックで大きくなります
見性寺は、信長の庶子である織田信正が剃髪して、天正13年(1585)に開創した寺院である。

織田信正は天文23年(1554)に生まれ、長男とされている織田信忠(弘冶3年:1557年生れ)よりも早く生まれており、

信正が長男、信忠が次男となるのだが、歴史上にその名を表わすことは殆どなく、現在では信忠長男説が有力となっている。

 クリックで大きくなります
信長と正室濃姫との間には子がおらず、いずれも側室が生んだ子供である。

信正は本能寺の変では、前田玄以とともに二条城にあったという。

見性寺を開いてからは、信長・信忠と共に本能寺の変で討死にした養父村井貞勝などの法要を一難でいる。

秀吉や家康からも安堵され94才で大往生を遂げたというが、その記録が残っておらず、史実としてこの時代に生きたのかどうか、よく分からない人物なのである。