周山街道をさらに北へ、井手口川が御室川に注ぐ畔に「詫間塚」が建っている。

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詫間塚は、平安末期から鎌倉時代に活躍した詫間派の始祖である、宅磨勝賀の神罰を鎮めるために建立されたものである。

宅間派とは、それまでの仏画における大和画のように、詳細な文様や柔らかな色彩を使い優美な仏画を描くことをやめ、

宋代の仏画のようにくっきりとした、力強い描画と薄墨の色使いで独特な画風を打ち立てた一派である。

宅磨勝賀は、高山寺の高僧明恵が住吉の春日明神と法話をすることを知り、高山寺を訪ね、

その様子を障子の陰から盗み見て描画をしたのだが、その帰りに、この鳴滝の地まで来ると、急に馬が暴れだし落馬して一命を落すのである。

人々は、これは神罰があたったとして、その霊を鎮めるために、この塚を築いたのだという。