| 再び二条通を外れ、堺町通二条上ル亀屋町にあるのが、「キンシ正宗堀野記念館」 |
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| キンシ正宗は、天明元年’1781)に若狭出身の堀野家初代・松屋久兵衛によって創業された造り酒屋である。 | |
| 当時は、この辺にも良質の水が湧いていたようで「桃の井」の石碑が門前に建っている。 |
| この名水は今もこの建物の中庭で滾々(こんこん)と湧き続けており、近隣の人々提供されている。 |
| その頃には200軒近い造り酒屋があったというが、今、京都市内には佐々木酒造が残るのみである。 |
| キンシ正宗も、明治13年(1880)伏見に拠点を移し、日進戦争後の明治29年(1896)に金鵄勲章に正宗の文字を配した商標を登録し、そのブランドを冠した清酒を販売している。 |
| 随分長く松屋久兵衛商店だったが、昭和11年(1936)に「堀野久造商店」と名称を変更し、さらに平成3年(1991)に「キンシ正宗」と現在の社名なっている。 |
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| その、キンシ正宗の創業の地がここであり、堀野家の店舗兼住宅を兼ねたもので「キンシ正宗堀野記念館」として、当時のままに酒造りの様子を今に伝えている。 | |
| 駒札によると、 |
| 『天明元年(1781)、若狭出身の堀野家の初代 松屋久兵衛は この地で造り酒屋をはじめた。 |
| 堀野商店(現在はキンシ正宗株式会社)は 明治になってから酒蔵の一つを伏見に置き、戦後は本社を伏見に移したが,創業の地であるこの家は往時の姿をそのままに守り続けて残されてきた。 |
| 当時御所の南の一帯には,造り酒屋がかなり集まっていた。おそらく醸造に適した良質の水脈が豊富にあったのだろう。 |
| 黒川道祐「雍州府志」に「凡ソ京師ノ井水ハソノ性清ニシテ柔,ソノ味淡ニシテ芳,コノ水ヲ以テ酒ヲ醸ス,故ニソノ味甘美ナリ.惣シテ京酒ト謂ヒ マタ地酒ト称ス」と説明している。 |
| 「雍州府志」が書かれたのは貞享元年(1684)で,堀野家が造り酒屋をはじめるざっと100年前だが,今もこの敷地内にある井戸は舞時3tの湧出をしている。 |
| 出典:【京仕込み「キンシ正宗」発祥の地の駒札】より |
| この日は火曜日であり休館日で、残念ながら見学することは出来なかった。 |
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