後述する「岩屋寺」の境内にあるのが、大石内蔵助の遺髪を納めたという「大石良雄遺髪之塚」

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大石内蔵助を始め、吉良邸に討ち入った四十七士、実際は寺坂吉衛門を除く四十六名なのだが、その墓所は東京の泉岳寺である。

小学4年のときに東京に行った時に、泉岳寺を訪ねたが、その時には線香も煙が絶えることなく立ち昇っていたのだが、長じて訪れると、参拝する人はいない静かな泉岳寺であった。

長い年月が、赤穂浪士という存在そのものを忘れさせてしまったのであろうか。

話は少し横にそれてしまったが、ここに大石良雄の遺髪を納め、塚を建て、大石の菩提を弔ったのである。

横にある碑文は漢字ばかりで、書いてある意味が汲み取れないないのだが、

大石の仮住まいの跡に、大石を感じるようにと、江戸の有志が碑を建て、文を書いたのが、伏見の龍公美だとある。安永4年乙未冬の建立である。