千代野御所「宝慈院」から北に歩くと、上御霊前通に、ぽつんと建っているのが「西林寺」 |
羽休山飛行院(うきゅうさんひぎょういん)と称され、延暦年間(781~806)に慶俊僧都によって開かれた天台宗の寺院である。 |
羽休山飛行院の名は、愛宕山の太郎坊天狗が都見物の折に、必ず西林寺の境内にあった松の木(天狗の松)に止まり、その羽を休めたという云われから名付けられたという。 |
しかし、その松は台風で折れ、今は切り株が残るのみとなっている。 |
また別名を木槿(もくげ)地蔵と呼ばれるのだが、これは、 |
慶俊僧都がこの地で朝露に咲く木槿(むくげ)の草むらから地蔵尊を見つけ本尊としたことから、 |
木槿(もくげ)地蔵と呼ばれるようになったという。本尊である木槿(もくげ)地蔵尊は、京都でも名のある地蔵尊である。 |
普通、「木槿」は「むくげ」と読むのだが、西林寺では「もくげ」と呼んでいる。 |
何故、「むくげ」が「もくげ」と読まれるようになったのかは定かではない。 |
コメント