同志社大学の新町キャンパスの前には、「入江御所」と呼ばれる『三時知恩寺』がある。

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浄土宗知恩院派に属する、尼門跡の寺院である。ここも通常は非公開であり、善導大師像は見ることは出来ない。

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善導大師は中国で浄土教を確立した五祖の一人で、日本の浄土宗の開祖である法然が師と仰いだ僧である。

三時知恩寺の創建は室町時代前期で、善導大師自作の像を安置したのが始まりとされている。

善導大師像は座像で、高さは109センチ。解体修理により、400年前の草花を描いた緑色の袈裟がよみがえった。

内側の墨書から、文禄5年(1596)に「大仏師大蔵卿法印」を名乗る京都の仏師が作ったと分かり、自作ではないことが判明している。

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三時知恩寺は、その駒札によると、

『浄土宗の尼門跡寺院(代々皇女や摂関家息女が法脈を継いだ寺院)である。

14世紀半ば、後光厳天皇の皇女・見子(けんし)内親王によって創立された。

内親王は深く仏教に帰依し、宮中に安置されていた唐の善導大師像を当寺に賜った。

崇光(すこう)天皇の旧御所・入江殿を賜って寺院に改めたことから入江御所とも称される。

厚く浄土宗に帰依した後柏原天皇(在位1500~1526)は、国の平和と国民の安泰のため、

宮中で善導大師の六時礼賛(一日六回礼賛を行う法要)を勤められた。

そのうち昼の三回は当寺で勤修するように定められたことから、寺号を三時知恩寺としたと伝えられる。

以来、皇女が相次ぎ入室され、明治維新に及ぶ。

天明8年(1788)の大火で堂宇は焼失し、現在の堂宇は桃園天皇女御・恭礼門院の旧殿を賜り再建されたものである。

なお、善導大師像は秘仏で、毎年3月14日に開帳される。』

                       出典:【三時知恩寺の駒札】より