五番町夕霧楼から、南に出水通を西に入ると、正式な寺名よりも通称で呼ばれ親しまれている通称寺が三つある。

まずは「ひょうたん寺」と呼ばれる。福勝寺。



 クリックで大きくなります
通称を「ひょうたん寺」という副勝寺は、通常は非公開の寺なのだが、節分の2月15日と、毎月、歓喜天の1日と16日には通用門を開いて、自由参拝をすることが出来る。

福勝寺は、宝永の大火(1708年)に焼失し、その後この場所に、天皇の勅願寺として再建された。



 クリックで大きくなります
「ひょうたん寺」と云われる由来は、寺に伝わる「ひょうたん」のお守りに因むという。

弘法大師が中国で学んだ、何でも思い通りになるという「如意宝珠」の玉を二つ重ねた姿が「ひょうたん」に似ているということから「ひょうたん寺」と云われるようになったとも、

また豊臣秀吉が出陣のたびに「ひょうたん」を奉納したといい、その「ひょうたん」で千成びょうたんの旗印を作り、天下取りを果たしたことから「ひょうたん寺」とも云われるようになったとも言う。