さらに妙心寺の塔頭をめぐる。



『大心院(だいしんいん)』

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大心院は、妙心寺の大方丈の東側にあり、一般公開されている寺院である。

大心院は、室町時代の明応元年(1492)に、細川政元が景堂和尚を開祖として、大心院町にあった私邸を寺に改め開山したのが始まりとされ、

その後、天正年間(1573~1591)に細川幽斎(藤孝)によって、妙心寺山内のこの場所に移設され、妙心寺の塔頭となる。

書院前には、「阿吽庭」と云われる庭園があり、白砂を敷き、苔の生えた築山と石組みを中心とした枯山水の庭である。



『東海庵(とうかいあん)』

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開祖は妙心寺11世、悟渓宗頓(ごけいそうとん)禅師で、龍泉庵の次に創建された塔頭で、40余ある塔頭の殆んどが「院」とついているのだが、龍泉庵とこの東海庵のみが「庵」と付けられている。

古来、東海派の寺院は、水に不自由しないと云われるが、それは悟渓禅師が法友とともに琵琶湖畔を行脚している時に、暑さに耐えかねた法友たちが琵琶湖で水浴したのだが、

悟渓禅師は「徳分を児孫に残そう」と水浴びをせずに、身体を拭くに止めたという故事から爾来、水には不自由しないという。



『退蔵院(たいぞういん)』

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三門の西にあって、妙心寺の塔頭の中で、天受院についで古い寺院である。

ここには我が国の水墨画の祖といわれる如拙の「瓢鮎図(ひょうねんず)」があり、室町時代の水墨画の代表的傑作である。

図は川の中を泳ぐナマズ(鮎は、「アユ」ではなく「ナマズ」の意)と、ヒョウタンでそれを捕らえようとする男が描かれている。

瓢箪でナマズをどうして捕えるかという禅問答に題材を求めたものであり、国宝に指定されている。

退蔵院も応仁の乱で妙心寺とともに炎上するが、亀年禅師によって再建をされる。