| 祇園祭も7月31日の疫神社夏越祭まであともう少しの期間となった。今回の宵山の山鉾を訪ねるぶらり歩きも、この「四条傘鉾」で於えることとするが、来年はもう少し計画的に廻り、32基の山と鉾をゆっくりと見て廻ろうと思っている。 |
| 歴史は古く、始まりは応仁の乱以前に遡る。赤幣と若松を乗せた傘そのものがご神体。色あでやかな衣装をまとった地域の小学生たちが踊り方として巡行に参加。 |
| 四条傘鉾は、織物の垂(さが)りなどをつけた傘と棒ふりばやしが巡行する古い鉾の形態である傘鉾の一つで、応仁の乱(1467~1477)以前に起源をもち、傘の上には赤幣と花瓶、若松を飾る。 |
| 大火焼失、復興を繰返していた四条傘鉾も、明治4年まで巡行に加わって以降途絶えていたが、 |
| 昭和60年、町内の人々の努力が実り傘鉾の本体が再興され、昭和63年から巡行に欠かせない踊りとはやしが復元され、32番目の山鉾として巡行することになった、実に117年ぶりのことであった。 |
| なお、踊りとはやしは、室町時代に京都から広まった風流踊で、今も滋賀県の瀧樹(たぎ)神社に伝わる「ケンケト踊」を参考に復元したものである。 |
| 垂りは鈴鹿雄次郎製作の麗光鳳舞之図で七色の瑞雲の間を飛ぶ鳳凰の姿が表現されている。平成22年から、欄縁に波濤文様の錺金具を新調装着した。 |
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| 四条傘鉾が昭和63年に巡行の参加したのが117年ぶりというが、実はまだ他にも3基の休み山があるのである。 |
| これを焼山(やけやま)といい、かって存在し、古い記録にも載っているのだが、諸事情により今は巡行に参加していない山鉾で「大船鉾」「鷹山」「布袋山」の3つをいうのだが、 |
| 一刻も早く祇園祭の巡行に戻ってくることを祈願して、祇園祭の宵々山巡りを於え、再び、花園・御室歩きに戻ることにしよう。 |
| 出典:【京都新聞 祇園祭特集2010】より |
| 出典:【四条傘鉾の駒札】より |
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