京都十六社朱印めぐりもあと1社を残すのみとなった。伏見にある【御香宮(御香宮)】である。祭神は神功皇后で、その神話の伝承から「安産・厄除・病気平癒」の神として信仰を集めている。(京都市伏見区御香宮門前町)

神功皇后の伝承とは、仲哀天皇が急死したことから、、住吉大神の神託を受け、お腹に子供を宿したまま、朝鮮半島に出兵して新羅の国を攻め、降服させた後、その帰路に筑紫の宇美で応神天皇を出産したと伝えられている。このことから安産の神として崇められている。



クリックで大きくなります クリックで大きくなります

近鉄電車の高架を越えると赤い大きな鳥居が道の真中に建っている。鳥居は車道に建っていてこれをくぐるには車道に下りる必要があり、歩道を歩くと鳥居をくぐることが出来ない。

その鳥居を近鉄の駅に向いて見たものだが、鳥居の向こうに近鉄電車が、又2時間ドラマでよく目にする「京都府警」のパトカーが走っていた。



 クリックで大きくなります
鳥居を通り少し行くと左手に「御香宮」の表門がある。ここを入ると「御香宮」本殿へと行くことになる。

この通りの南側(表門の通りをはさんで反対側)は「伏見奉行所」と接していて、「鳥羽・伏見の戦い」では通りをはさんで、神社側に薩摩・長州軍(官軍)が、一方、伏見奉行所には、幕府の「伝習隊」「会津・桑名藩」「新選組」(幕府軍)が陣をとって伏見の戦いの主戦場になったところである。



 クリックで大きくなります
この道が大和街道と呼ばれた、京都と奈良を結ぶ道路で、国道24号線である。写真の上に行くと京都の中心に向かうことになる。



 クリックで大きくなります
御香宮神社は「神功皇后」をお祀りし、初めは「御諸神社」といったが、貞観4年(862)9月、境内に清泉が湧きその香ばしさから、清和天皇から「御香宮」と命名された。

10月1日から10日までの「神幸祭」は古くから「伏見祭」と呼ばれ、洛南一のお祭りとして有名である。



 クリックで大きくなります
伏見では、ところどころに名水といわれる水が湧き出ており、そのなかでも、この御香宮の水はよく知られていて、

近隣の人達から、遠くは奈良、大阪からこの水を汲みにくる人達がいる。昭和60年7月22日に「伏見の御香水」として日本の名水百選に選ばれている。



京都を北から南へ、東から西にと巡った「京都16社朱印めぐり」も【御香宮】が締めくくりとなり、二礼二拍一礼をし、今年の無事を願ったのである。