| 疎水分線の【若王子神社】から丸太町通の東詰めにある【岡崎神社】までは交通手段がなく、徒歩での移動となる。若王子神社を『東天王町』のバス停から参拝した道を逆に、東天王町まで戻るのである。 |
| そこから丸太町通を西に歩くと、すぐに【岡崎神社】である。(京都市左京区岡崎東天王町) |
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| 岡崎神社の創建は古く、延暦13年(794)桓武天皇の平安遷都の際に、都を守る為に平安京の四方に建立された社の一つといわれ、都の東方に鎮座することから、東天王と称された。 |
| 祭神として、速素盞鳴尊(すさのおのみこと)、櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、とその御子、三女五男八柱神を祀る。 |
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| 清和天皇が、貞観11年(868)に改めて社殿を造営し、播磨国(現兵庫県)広峰から御祭神を迎え祀ったという。後に後醍醐天皇が再建し、室町時代には8代将軍・足利義政により改修され、幕府との関係も深い。 |
| 治承2年(1178)に、中宮藤原高子の御産の奉幣を賜ったことから、安産の神として信仰され、王城鎮護方除けの勅願から「子授け・安産・厄除」の神としてお参りが絶えない。 |
| (奉幣とは:神に「ぬさ(供物)」をささげること) |
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| この辺り一帯は野兎の生息地で、兎は氏神の使いと言われ、祭神が八人の子宝に恵まれたことと、兎が多産であることから、子授けにご利益がある。 |
| また境内の手水舎にある黒御影の兎の像に水を掛けて祈願すると、子授けの願いが叶うと云われている。 |
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| 境内の東には、雨乞いの神として信仰されている「雨ノ社」(龍神様とも呼ばれる)がある。 |
| 元は、如意ヶ岳(大文字山)の山中に有った祠で、いつの頃からか不明だがこの所に移された。 |
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