哲学の道を大豊橋まで来ると、そこに大豊神社がある。



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鹿ケ谷通にある「哲学の道」への道標と「名木大豊神社駒返しの槙跡」よ刻まれた石碑。

駒返しの槙とはどういう意味だろうかと考えたが、ここに槙の名木があって、この木を通り過ぎたが、あまりに見事さに馬を引き返したと推察できるのだが、この石碑の建つ路を大豊神社へと向うのである。



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その参道の途中にあるのが、大豊神社の石の鳥居。



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鳥居をくぐり少しすると哲学の道であり、疎水に大豊橋が架かり、橋を渡りさらに参道が続く。



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境内の手水には、大豊神社のご神体となる、椿ケ峰から湧き出た清水を、ご神水として引かれているという。



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大豊神社は、こじんまりとした神社ではあるが、創建は仁和3年(887)というから、由緒ある神社である。



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大豊神社は、祭神として「少彦名命」「応神天皇」「菅原道真」を祀っている。宇多天皇の病気平癒の為に建立されたという。

建武の内乱や応仁の乱で焼失するが、本殿・末社・拝殿・絵馬堂が再建され、産土神として信仰を集めている。

また大豊神社は椿を神花とし、枝垂れ紅梅や桜、紫陽花や山野草など四季折々の花が咲き、訪れる人の心を和ましてくれる。



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この大豊神社には珍しいものがある。そこには、本殿の横にある大国社の狛犬いや狛鼠である。

大国社は大国主命を祀るのだが、大国主命と鼠との関係は、大国主命が野火に追われ命が危うくなった時に、一匹の鼠が表われ洞穴を知らせ、一命を取り止めたという故事に因んでいる。

その関係で大豊神社の大国社は狛犬ならぬ狛鼠が社を守っているのである。



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また本殿の北には、日吉社と愛宕社があり、この末社にも狛犬ならぬ「日吉社」に狛猿が、「愛宕社」に狛鳶が社を守っているのである。



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大豊神社を出、再び哲学の道に戻り北に少し歩くと、大豊神社の御旅所が見えてくる。