その若王子神社の一角に、東方斎を称える石碑が建っている。



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クリックで大きくなります 東方斎とはもと日本陸軍の大尉で退役した、荒尾精の号であり、若王子神社のそばに住んでいた。

支那(当時は中国を支那と呼んでいた)の上海で日中融和を目指した学校を作り、対支那工作を支えた人物を多く育てたが、若くして亡くなった。後に、東亜同文書院が設立される。

荒尾精は尾張の人で、安政6年(1859)に生まれ、その頭脳は、昭和の怪物・頭山満をして
「天が偉人を世に下した人物」
だと云ったという。

その志を継いだ人々が霞山会を作り、この碑文の由来を記した駒札を建てている。