昨年、嵯峨野に行ってから、2010年になってまだ京の町をぶらりと歩いていなかった。

今週の前半は小春日和の暖かい日というので、さてと考えたが、蹴上から本流と分かれ分線となる疎水に沿って銀閣寺まで続く、哲学の道を歩いてみようと思い立った。

調度、今が一番人の少ない時であり、桜は勿論、紅葉もなく、静かに歩けるという思いで、若王子橋から銀閣寺までをぶらりと歩いてみよう。


始めは5系統のバスに乗り、「南禅寺永観堂道」で降りて歩き始める予定であったが、この時期、東山の麓を走る100系統に乗る人も少なく、並んでいる人もなく急遽100系統のバスで「東天王町」まで行こうと思いD1乗り場で待っていたのだが、

隣のD2乗り場に206系統のバスが来たので、これに飛び乗った。ところがこのバスは東天王町を通らないのである。さてと考え、降り立ったのがここ「熊野神社前」である。



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熊野神社の交差点の北西の角にあるのが、八つ橋発祥の家の看板が掛かる「西尾老舗」である。

その向かい通りを挟んで「聖護院八ツ橋」があるのだが、どちらで八つ橋を買うのかは、夫々の好みである。



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その西尾老舗の横には「熊野神社」が鎮座する。

熊野神社という名の通り、弘仁2年(811)に、日圓上人が国家鎮護の為に、紀州の熊野大明神を勧請したことに始まると云われている。

祭神は夫婦神である、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)などを祀り、縁結びの神として知られている。

平安末期に後白河法皇や室町時代には足利義満から信仰を受け、広大な社地が寄進されたが、応仁の乱で焼失し荒廃する。

江戸時代の寛文6年(1666)に、聖護院宮寛法親王により再興され、天保6年(1835)に現在の本殿(下鴨神社の旧殿)が再建されている。

                             参照:【熊野神社の駒札】より



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熊野神社前から再び203系統のバスに乗り、丸太町通を東に三つ目の「東天王町」で降りる。



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そこからさらに東に100系統のバスが鹿ケ谷通に向かって走り去るところである。本当ならこのバスで、この東天王町まで来る予定であった。

さあ、ここから哲学の道を歩き始めよう。