小倉百人一首で藤原家隆が、

『風そよぐ ならの小川の 夕ぐれは
      みそぎぞ 夏の しるしなりける』

と詠んだ、ならの小川である。


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御手洗川と御物忌川とが合流した所が、ならの小川と呼ばれる。


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その昔に藤原家隆が詠んだ歌は、夏越祓でこの川での禊を詠んだもので、

「風が静かに吹く ならの小川の 夕暮れどきは、夏越祓のみそぎの川であり、夏が来たことの証しである。」

その歌を刻んだ石碑が、ならの小川のほとりに建っている。


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下鴨神社にも「奈良の小川」があったがその謂れは、上流の無社殿神地の奈良殿神を元にして流れ出ていることから、奈良の小川と呼ばれるが、

上賀茂の「ならの小川」は、この川の辺りに楢の木が繁っていたことから、「楢の小川」…「奈良の小川」…「ならの小川」と呼ばれるようになったのだと言う説もある。


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いずれにしても、この「ならの小川」で禊をし夏越祓を行なったということが資料に残っている。

この小川が、ここから流れを南から東に変え、名も明神川となって社家町のなかを流れて行くのである。