| 「大本山東福寺名勝通天橋道」の石柱が入口に建っている道路を入り、少し行った右手に『同聚院』がある。 |
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| 東福寺の塔頭のひとつである『同聚院』には、平安期の代表的仏師である定朝の父、康尚が作った「不動明王坐像」が安置されている。 |
| 像高は265センチで、憤怒の相の中にも優美さを持った藤原美術の代表的彫刻の一つである。 |
| じゅうまん(漢字では表せない)不動明王と呼ばれ、「じゅうまん」は土地の守護を表す「土力」、 |
| 又は、十万の一族郎党を従えるという「十万」の二字を一字のした文字と云われ、火除けや除災の不動として信仰されている。 |
| また明治時代にアメリカの富豪ジョージ・モルガンと結婚した、祇園の芸妓、モルガンお雪(芸妓名:雪香)の墓もここにある。 |
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| もともと東福寺一帯は、平安中期に藤原忠平が法性寺を建立した所で、寛弘3年(1006)には、藤原道長が40歳の賀に当たり、五大明王を安置する、五大堂を境内に造営した。 |
| しかし、藤原氏の衰退と共に鎌倉時代の初期には寺勢も衰え、その後、建長7年(1255)その跡地に、九条道家が東福寺を建立する。 |
| 同聚院は、藤原道長が建立した、五大堂の遺跡であり、五大明王のうちの不動明王が幾多の災禍を乗り超えて、ここに祀られている。 |
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| またその境内には不動明王の石像がみえ、大日如来が姿をかえたのが不動明王で、信じる人の内にすみ、その人を守ってくれているのである。 |
| 参照:【同聚院 由緒の駒札】より |
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