| 一力亭の前を通り、花見小路を南に突き当たると建仁寺の北門となるのだが、この前を左に折れて『安井金毘羅宮』へと向う。 |
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| 『祭神として、崇徳天皇、大物主神、源頼政の三神を祀る。 |
| 社伝によれば、保元の乱(1156)に敗れて讃岐(香川県)で崩じた崇徳上皇の霊を慰めるため、建治年間(1275~1277)に大円法師が建立した光明院観勝寺が当社の起こりといわれている。 |
| その後、観勝寺は応仁の兵火により荒廃し、元禄8年(1695)太秦安井(右京区)にあった連華光院が当地に移建され、その鎮守として、讃岐金刀比羅宮より観請した大物主神と源頼政を祀ったことから、安井の金毘羅さんの名で知られるようになった。』 |
| 出展:【安井金毘羅宮 由緒の駒札】より |
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| この神社は主祭神の崇徳天皇が流された讃岐の地で一切の欲を断ち、参籠されたことより、縁切りの神として信仰をされてきた。 |
| また寵妃烏丸殿と別れた悲しみの気持ちは、男女のえにしを裂く悪縁を断ってくれるという。また男女のえにしだけではなく、病気、酒、煙草、賭け事などの悪縁をも切ってくれるという。 |
| その境内には、縁切り縁結び碑(いし)があり、高さ1.5m、幅3mの巨岩であり、石の上には色々な願い事を書いた形代(身代わり札)が張られていて、紙で出来たはりぼての様だが、その下は大きな石である。 |
| 碑の表から裏へ穴を通ると悪縁が切れ、裏から表に通ると良縁が結ばれるという。 |
| 若い女の娘が裏から表へと穴を潜り抜けていたが、若いからこそこんな事が出来るのであろうと、少し羨ましくみていたのである。 |
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