玄輝門を抜け、京都御所の一番北にある朔平門を内側から見て、西側の広場に出ると、若宮・姫宮御殿である。


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若宮・姫宮御殿は皇子・皇女の御殿で、明治天皇が一時期お住いになられた。

御所の建物のなかでは、比較的質素な造りとなっており、建物の前には広い庭があり、皇子や皇女たちが遊んでいた。
(というのは、下世話の俗な考えなのであろうか(笑))

クリックで大きくなります クリックで大きくなります


クリックで大きくなります その殿舎には、静寛院宮(和宮親子内親王)が明治2年(1869)に京都に戻られ、京都におられる時に使用された輿で、金具に徳川家の紋章である三葉葵紋が彫金されている。

                             出展:【板輿(春慶塗)の説明板】より

皇女和宮は公武合体の名のもとに、徳川14代将軍家茂に嫁いだ孝明天皇の妹君で、皇女が武家に降嫁した唯一の例である。

徳川幕府が崩壊した後、明治2年(1869)に京都に戻るものの、東京遷都もあって明治7年(1874)に再び東京に戻っている。

この頃から脚気を患い、明治10年(1877)に、療養先の箱根塔ノ沢にて32才の若さで波乱に充ちた人生を終えている。



天皇皇后両陛下御結婚50年記念の京都御所特別公開の見学も、若宮・姫宮御殿の拝観を終えると、もう出口の清所門である。

今回の公開は、何時もの一般公開よりも見学の人が多く、ご成婚パレードに使用した儀装馬車の前は黒山の人だかり、紫宸殿から清涼殿に行く通路が狭く、まるでラッシュ・アワーの駅のような混みようであった。

そんな京都御所の見学も、清所門を目指すことにして、ここで於くことにする。