碑文:表(南)「管家邸址 紅梅殿」/右(東)「昭和十三年三月建之 京都市教育会」
西洞院仏光寺から仏光寺通を西に歩くと、片隅に「菅家邸址」という小さな石碑が建っている。
その石碑の奥に見える小さな社が、紅梅殿(北菅大臣神社)である。
北にある紅梅殿に対して、その向いの南にあるのが白梅殿と呼ばれる「菅大臣神社」である。
ここは菅原道真の父・是善を祀る神社なのだが、この辺りも、菅原家の屋敷があった所なのである。
道真が大宰府に左遷されるときに、邸宅の庭にあった梅に「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」(東の風が吹いたなら、香りを大宰府まで届けておくれ、梅の花よ、主(あるじ)がいなくなったといって、春を忘れないでおくれ)との和歌を詠み、その梅が、京から太宰府の道真のもとに飛んできたという「飛梅伝説」がある。
道真が福岡の大宰府で非業の死を遂げると、その祟りで京の都に異変が起り、その御霊を鎮めるために、道真にまつわる神社が建てられたという。色々な場所に霊鎮めの社が建つのだが、この紅梅殿も道真亡きあとに創建されたものである。
南にある菅大臣社を白梅殿と呼ぶのに対し、この社は紅梅殿と呼ばれ社地も大きかったのだが、応仁の乱にて焼かれ、その後、慶長19年(1614)に菅家と縁のある、曼殊院宮良恕法親王(まんしゅいんのみやりょうじゅほうしんのう)によって再興されたものであり、その時に北と南とに分かれてしまい、道真の父を祀る紅梅殿は、現在のような路地の奥にひっそりと佇む姿となったのである。
所在地:京都市下京区仏光寺通西洞院東入北側
京都駅から
▼「B2」乗り場から50系統で、『西洞院仏光寺』下車(所要9分)
「西洞院仏光寺」から、徒歩2分



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