碑文:表(東)「贈正五位 山本亡羊讀書室旧蹟」/右(北)「京都史蹟会建」/左(南)「昭和六年八月」
三善邸跡を過ぎて、油小路を下ると、山本亡羊読書室旧蹟の碑がある。

01山本邸跡(1)mid
山本亡羊(やまもと ぼうよう:1778~1859)は京都で活躍した本草学者で、薬草園を備えた読書室(いわゆる学校)を開いて門弟の養成にあたった。
この読書室は、儒学と医学を学んだ父・山本封山(ほうざん)が、西本願寺の文如上人(1744~1799)の学問所を下賜されて開いたものを、亡羊が引き継いだものである。
亡羊は、安永7年(1778)に京都に生れ、父から儒学や医学を学び、さらに本草学者の小野蘭山(おのらんざん)に本草学を学んでいる。
本草学とは、植物・動物・鉱物などを研究し、とりわけ薬として利用できるものの性質や効能を調べる学問である。
蘭山が江戸へ移ると亡羊は、京都における本草学の中心人物となる。

02山本邸跡(2)mid
文政2年(1819)山本読書室では、邸内に講堂を設け薬草園も造り、医書・本草書・儒学の書物などを講じる一方、薬草などの実物を観察する研究も行われ、京都の本草学の重要な拠点となっている。
また、各地から集めた動植物や鉱物などを公開・研究し、読書室の名声は高まり、門人は千数百人にも及んだという。
読書室は、火災により焼失するが、明治8年(1875)に再建され、当時の面影が残されている。
さらに、平成26年(2014)に、土蔵から山本家が代々保存してきた数万点に及ぶ貴重な資料が発見され、幕末・維新期に関する資料などが含まれており、山本読書室が、京都の学問や文化の歴史を伝える重要な資料の宝庫であったことが伺える。

所在地:京都市下京区油小路通五条上る西側
京都駅から
▼「B1」乗り場から9系統、「C6」乗り場から28系統で
 『堀川五条』下車(所要8分)
「堀川五条」から、徒歩5分