碑文:表(西)「史蹟 青蓮院旧仮御所」/右(南)「史蹟名勝天然紀念物保存法ニ依リ 昭和十七年三月文部大臣指定」/左(北)「昭和十八年一月建設」
青蓮院の四脚門の前には「史跡 青蓮院旧仮御所」の石碑が建ち、ここが仮御所だったということが分かるのだが、されば何時、どの天皇の頃かというと、江戸時代の天明8年(1788)に、鴨川東側の宮川町団栗(どんぐり)辻子から、放火によって出火した火がまたたくまに京都の市中を炎に包んでしまい、京都御所や二条城、所司代屋敷、京都奉行所と、ありとあらゆるものを焼き尽くした、京都最大の火災によって、御所が炎上したことにより、後桜町天皇は青蓮院を仮御所として、ここに移っている。
この四脚紋は、明正天皇の中和門院の旧殿の門を移築したものである。
花園天皇綾への参道からは、青蓮院の境内が見え、青蓮院が粟田御所として、後桜町天皇の仮御所として使われていた折に、好文亭と呼ばれ学問所として使われていた茶室が見える。
しかし、この建物は平成5年(1993)に放火で焼失してしまい、2年後に復元された平成の建物である。
青蓮院の「四脚門」から少し先には、青蓮院の「長屋門」があり、青蓮院といえばこの景色というほどに、よく知られた門である。
この長屋門もまた、四脚門と同じく、明正天皇の中和門院の旧殿の門を移築したものである。
ここでは長屋門もさることながら、左右に立つクスノキがこの門と絡み、一際、時の流れを感じさせてくれる。
駒札によれば、
『このクスノキは、青蓮院の築地の上に四本、さらに境内の庭園内に一本が生育している。
樹高は最大のもので26.1メートルに達する。いずれも幹から大枝を伸ばし、クスノキに特徴的な半球形のこんもりとしたみごとな樹冠を形成し、樹勢も良好である。
12世紀末に親鸞上人に植えられたとも伝えられているが、クスノキが現在の境内の地割に沿って生育していることから、青蓮院が現地へ移転した13世紀以降に植栽されたものと考えられる。
樹勢が旺盛で、樹形も優れているだけでなく、円山公園から平安神宮に続く神宮道の中で、青蓮院を含む地域の景観要素となっている大木として貴重なものである。』
出典:【青蓮院のクスノキの駒札】より
所在地:京都市東山区粟田口三条坊町69-1
京都駅から
▼「A1」乗り場から5系統または、「D2」乗り場から86系統で『神宮道』下車(所要23分)
「神宮道」から、徒歩3分



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