碑文:表「親鸞聖人得度聖地」/左「青蓮院門跡」
青蓮院は親鸞聖人が幼少期を過ごした寺院で、9歳の少年が仏門に入り得度した寺院として知られ、親鸞聖人「お得度の聖地」として知られ、門前にこの石碑が建っている。

01山門mid
青蓮院は、左京区大原にある「三千院」と、東山七条の「妙法院」と共に、天台宗の三門跡の一つとして知られ、江戸時代の天明の大火(1788年)で御所が焼けた時に、今上天皇(現在の平成の天皇)までで、最後の女性天皇となった、後桜町上皇と光格天皇の仮御所となったことから、粟田御所とも呼ばれている。

02石碑mid
駒札によれば、
『三千院、妙法院と並ぶ天台宗三門跡の一つで、天明の京都大火(1778)にさいし後桜町上皇の仮御所となったことから、粟田御所とも呼ばれる。
最澄(伝教大師)が比叡山に、僧侶の住居として建てた一つ「青蓮坊」が起こりで、平安時代末期の12代行玄(天台座主)のときに三条白川(現在地のやや北西)に移り、鳥羽法皇の第七皇子、覚快法親王が行玄の弟子として入寺して以来、皇族や摂関家の子弟が門主(住職)を務める「門跡寺院」となった。
歴代門主のうち、三代の慈円は歴史書「愚管抄」の著者として有名で、17代尊円入道親王は和風と唐風を融合した青蓮院流(のちの御家流)と呼ばれる書風で知られる名筆家であった。
境内全域が国の史跡に指定されており、粟田山の山裾を利用した庭園は、竜心池を中心とした優美な池泉回遊庭園で、主庭は相阿弥の、霧島の庭は小堀遠州作と伝えられている。
また神宮道沿いの門前には、この寺で出家した親鸞上人のお手植えと伝わる巨木な五本の楠(京都市登録天然記念物)がある。
寺宝として、青黒く画かれていることから「青不動」の名で知られる「不動明王二童子画像(国宝)」をはじめ、多数の文化財を蔵する。円山公園東の山頂に、飛び地の境内である将軍塚大日堂を有し、そこからの京都市街の眺めは格別である。』
                             出典:【青蓮院の駒】より

所在地:京都市東山区粟田口三条坊町69-1
京都駅から
▼「A1」乗り場から5系統または、「D2」乗り場から86系統で『神宮道』下車(所要23分)
「神宮道」から、徒歩3分