碑文:表(南)「此付近伏見銀座跡」/横(西)「昭和四十五年三月 京都市」
京阪電車の「伏見桃山」から、大手筋を西に一つ目の四つ角の北側、近畿労働金庫伏見支店の前に建つのが「此付近伏見銀座跡」の石碑。
説明板には、
『これより北方の銀座町は江戸時代のはじめ、徳川家康によってはじめて銀座がおかれたところである。
銀座とは、鋳を加工して一定の品位をもつ丁銀、小玉銀などの銀貨とする独占鋳造所のことで、特権商人によって構成される。
関ヶ原の戦が終った翌慶長6年(1601)5月、家康は後藤庄右衛門、末吉勘兵衛に銀座取立を命じ、この地に四町の屋敷を与えた。
有力庄人の座人が集められ、早くから銀鋳造は特殊技術をもつ大黒常是(だいこくじょうぜ)が鋳造を担当し、銀座会所、座人屋敷が立ちならんだ。
これが、江戸時代銀座のはじまりである。
慶長13年(1608)、銀座は京都中京の両替町へ移され(のち江戸、大阪などにも設置)、伏見銀座は廃止されたが、銀座の地名を今にとどめている。』
出典:【此付近伏見銀座跡】より
所在地:京都市伏見区銀座町一丁目
京都駅から
▼近鉄電車奈良線で、『桃山御陵前』下車(所要20分)
「桃山御陵前」から大手筋を西に、京阪電車の踏切を越えた、近畿労働金庫伏見支店の前に建つ。(「桃山御陵前」徒歩2分)

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