『あばれ太鼓』(昭和62年(1987)発売)
作詞:たか たかし、作曲:猪俣 公章、歌:坂本 冬美
坂本冬美19才でのデビュー曲である。
この歌は、九州小倉の松五郎(無法松)を歌った歌なのだが、それはさておき、この歌は自分とカラオケをつないでくれた歌である。
カラオケが出始めた頃は、まさかこんなにも世に中に受入れられるとは思ってもいなかった。
カラオケなるものが段々と世にはばかってくると、酒宴の席では一曲歌えということになる。
ところが自分は音楽といえば「2」、たまに「3」を取ると褒められた。
まして歌を歌うなどもってのほかで、酒を飲むのは嫌いではなかったのだが、カラオケが始まると、いつも片隅で何とか歌わなくてすむようにと願っていたのだが・・・
そんな思いとは裏腹に必ずお前も歌えという人が出てくる。
どうしようかと思い悩んでいる折りに「カラオケが苦手な人は、とにかく一つだけ自分にあった歌を見つけ、その一曲だけでいいので、それを持ち歌として歌え」との、天の声が聞こえた。
それで何を一曲にしたらいいかと考えた。
まず、「他の人が歌わない曲」よく知られた歌は他の人に歌われてしまい、同じ歌は歌えない。
ただし「誰も知らない歌では場がしらけるので、誰もが聞いたことがある歌」を選ぶこと。
という二つの基準で曲を探した。
そこで考えたのが、男性の曲でそこそこ知られた歌は先に歌われる可能性がるので、女性が歌った歌とし、それも女性の高音域を歌わない男歌で、そこそこ知られている歌(このジャンルなら女性も歌わない)を探したところ、くだんの「あばれ太鼓」に行き当たった。
これは坂本冬美のデビュー曲で、18才の頃の歌を聞くと、粗削りだが歌にけれん味がない。
この歌だとひらめき、この歌なら男性にも女性にも歌われることはないと確信をし、それから一人でスナック通いをし、この曲に取り組んだ。
ただ、これは言い訳で本当は飲みたかっただけのことなのだが。。。
以来、歌えといえば「あばれ太鼓」を歌い、酒宴の席でもなんとか楽しく酒が飲めるようになったのである。
不思議なことに「一芸に通じる者は、多芸に通じる」ではないが、今では他のきょくも曲りなりに歌えるようになったのである。
そんないきさつがあるのが「あばれ太鼓」なのである。
ご当地そんぐを一つあげろと言われれば、故郷の高知の歌ではなくこの「あばれ太鼓」なのである。
1年半、北海道から沖縄までの「ご当地そんぐ」にお付き合い頂き有難うございました。
次回からは久しぶりに京都めぐりに戻ろうかと思っています。
明日から、はりまや橋で純信とお馬さんに会いに、桂浜で月を眺めに田舎へ帰って来ますので、1週間ほどお休みを頂きます。




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