少し寄り道をしたが、桂浜といえば竜頭岬の頂に建つ、坂本龍馬の銅像、早速龍馬さんに会いに行くことにしよう。
坂本龍馬の銅像は、像の高さが5.33m、地上からの高さは13mと銅像としては日本一の高さだと云われている。
高知県宿毛出身の本山白雲の作で、慶応2年(1866)に長崎で撮った写真を元にしており、袴にブーツを履き懐手で太平洋を眺めている。
このとき太刀は持たず、懐の中にあるのは、短筒だとも万国憲章だとも云われているのだが、実際は何を持っていたのだろうか。
銅像の後には、「時 昭和参年五月、建設者 高知県青年」とあり、発起人の名はない。
大正15年(1926)に、この建設を思い立ったのは、早大の入交好保、京大の信清浩男・土居清美・朝田盛と野村組の大野武夫らの諸氏であった。
坂本龍馬は得な人で「右からは勤皇の志士と仰がれ、左からは進歩的平和主義者と評価されている」と、龍馬の人柄を思い銅像の建設を思い立ったとのことである。
昭和3年(1928)に完成し、総工費は当時の金額で25,700円、それを全国からの寄付で賄うこととし募金活動を実施する。
その活動がマスコミに取り上げられ、また坂東妻三郎を訪ね、坂本龍馬の映画化を快諾してもらい、大正から昭和への変わり目に、田中光顕伯を訪ね坂本・中岡のことを聞き、銅像建設の会長に財界の野村茂久馬氏を仰ぎ、昭和2年(1927)には秩父宮様から寄付を賜ったりし、昭和3年(1928)5月27日に軍艦「浜風」の礼砲と共に除幕の義が行なわれ、以後80年の間この地で太平洋を眺めながら日本の国をみつめている。
出典:【土佐風土記「坂本龍馬銅像建設始末記」】より参照
桂浜で西に向かって建っている龍馬の像と室戸岬に建つ中岡慎太郎の像は土佐湾を挟んで向かい合って建っている。
志なかばで共に倒れた二人であり、夫々の地元に近いところで日本の行く末を見据えており、今後もその行き着く先を見ているのであろう。



コメント