「土佐の高知のはりまや橋で、坊さん、かんざし買うを見た」と歌われる「はりまや橋」は、長さ20mの桁橋(けたばし:横にかけた橋桁により橋面を支える橋)で、以前は堀川に架かっていたのだが、現在は埋め立てられ川は流れていない。
現在の橋はコンクリート造で、観光用に10mほどの朱色に橋が設置されているが、札幌の時計台と長崎のオランダ坂とともに、日本三大がっかり名所と言われている。
歴史の道 史跡案内 はりまや橋には、
『「土佐の高知のはりまや橋で、坊さん、かんざし買うを見た」のよさこい節で有名。
「はりまや橋」は、江戸時代初期、堀川を挟んで商いを営んでいた播磨屋と櫃屋(ひつや)がお互いに行き来するために架けた私設の橋が、その始まりとされています。
周辺の賑わいとともに、のちに公共の橋となり、橋の上には十九文屋と呼ばれる小店などが並んでいました。
五台山竹林寺の坊さんが思いをかけた人のために、かんざしを買ったのは、橋の南詰東側にあった「橘屋」という小間物屋であったと言われています。
戦後に埋め立てられた堀川は、平成10年のはりまや橋公園の改修にあわせて再現され、江戸時代のはりまや橋を再現した朱色の欄干の太鼓橋が架けられました。
それに加え、明治期に実際に使われていたものを再利用した鋳鉄製の橋と合わせ、ここには時代とともに移り変わった3本の橋が仲良く並んでいます。
こうして、堀川はウッドデッキ沿いに四季折々の花が咲く、親しみやすい水辺に生れ変わりました。
付近の商店街には全国的にも珍しい木造アーケードがあり、公園と一体となったイベントも開催されているなど、商店街を中心に主変一帯を含めた街めぐりも楽しめます。
公園の南側に位置する、はりまや橋交差点では、花壇などの整備により、四季を飾る鮮やかな草花が街にうるおいをもたらしてくれます。
観光の途中にひと休みしたり、待ち合わせをするのに、よく利用されています。
また、はりまや橋東側のビルの壁にからくり時計が設けられており、9時から21時の間の各正時によさこい節に合わせて、からくりが繰り広げられます。』
出典:【歴史の道 史跡案内 はりまや橋】より
「はりまや橋」といえば朱塗りの欄干というイメージだが、現在の「はりまや橋」は、コンクリート橋で欄干は石造りとなっている。
材質は好評されていないのだが、御影石のようである。
「はりまや橋」が朱塗りの橋だというのが定着したかというと、昭和初期に路面電車の開通とともに架けられ、戦後に拡幅されたのが現在の橋だが、朱塗りの欄干が設けられたのは、昭和33年(1958)の南国博覧会の時に、歩道と車道との間に設置されたのが、木造の朱塗りの欄干である。
その翌年に、ペギー葉山が歌う「南国土佐を後にして」がヒットし、また同名の高知を舞台映画が、小林旭を主人公に浅丘ルリ子とのコンビで、日活で撮られその中に朱色の欄干の「はりまや橋」が写し出されて、全国的に知られるようになり、朱色の「はりまや橋」が定着するのである。
この朱色の欄干は、平成9年(1997)に撤去され、その後に現在の石造りの欄干が移設され、朱色の「はりまや橋」は見られなくなったのである。


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