『薩摩の女』(昭和43年(1968)発売)
作詞:星野 哲郎、作曲:島津 伸男、歌:北島 三郎
「雨がふるふる 天文館の」「ああ 仰げば燃える 桜島」「ああ 錦江湾に 陽がのぼる」
『港町ブルース』(昭和45年(1970)発売)
作詞:深津 武・なかにし礼、作曲:猪俣 公章、歌:森 進一
「女心の残り火は 燃えて身を焼く桜島 ここは鹿児島 旅路の果てか 港、港町ブルースよ」
『ひとり薩摩路』(平成19年(2007)発売)
作詞:下地 亜紀子、作曲:弦 哲也、歌:水森 かおり
「春は桜の 薩摩路を・・ここは 出水の 鶴の里」「ひとり 指宿 枕崎」「秋は紅葉の 薩摩路へ・・日暮れ 鹿児島 桜島」
薩摩(鹿児島)を歌った歌には、必ずといっていいほど「桜島」が登場する。
鹿児島といえば、桜島なのである。
桜島は錦江湾(鹿児島湾)の北、湾を塞ぐようにしてある東西12Km、南北10Km、北岳(1,117m)、中岳(1,060m)、南岳(1,040m)の三つの火口を持つ活火山である。
桜島は2万6000年前に出来てから17回の大噴火を繰り返し、かっては錦江湾に浮かぶ島だったが、大正3年(1914)の大噴火により、東側の海峡が埋められ大隅半島と陸続きとなってしまった。
現在も南岳は活発な火山活動が続けられていて、桜島の登山は禁止されていて、観光客は373mの湯之平展望所までしか行くことが出来ないのだが、昭和30年(1955)の入山規制までは、観光や遠足などで山頂まで登ることが出来、桜島武町に「御嶽登山口」の石碑が建っている。
そして桜島には、世界一重い大根「桜島大根」と世界一小さいみかん「桜島小みかん」が有名でギネス記録に認定されている。
太平洋戦争開戦時のハワイ真珠湾攻撃では、真珠湾の水深が12mと浅く、通常魚雷では航空機から発射した後、水中に深く沈み込むために、真珠湾では魚雷が海底にささってしまい使用出来なかったのである。
日本海軍は水深の浅い所でも使用出来るようにと改良を加えた「九一式魚雷」を開発する。
一方、パイロットの訓練場として、真珠湾に似た桜島のある錦江湾で、真珠湾攻撃に参加する九七式艦上攻撃機(九七艦攻)、九九式艦上爆撃機(九九艦爆)、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の訓練を実施する。
特に魚雷攻撃をする九七艦攻は、市街地を抜け錦江湾の海面から10mの高度まで下降し、魚雷を発射する訓練を繰り返し実施したと云う。
さらに訓練が進むと、錦江湾の海面すれすれのプロペラに水しぶきがかかるまで降下したと云う。
そして昭和16年12月8日のハワイ真珠湾攻撃が始まり、日本軍は破滅への一歩を踏み出すのである。
そんな歴史の一幕を桜島は見ていたのである。



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