『フェニックス・ハネムーン』(昭和42年(1967)発売)
作詞:永 六輔、作曲:いずみたく、歌:デューク・エイセス
この歌は、昭和40年(1960)から昭和44年(1969)にかけて、永六輔、いずみたく、デューク・エイセスが日本の都道府県のご当地そんぐを創ったものの一つで、宮崎県を舞台にした歌である。
この歌は、新婚旅行で宮崎に行く二人を・・・
「君は今日から 妻という名の 僕の恋人」
「僕は今日から 夫という名の 君の恋人」
「僕ら明日から 夫婦という名の 男と女」と、その思いを歌ったもので・・・
昭和40年代は見やz機が新婚旅行のメッカであった。
この次代1ドルが360円の固定相場制(昭和48年から変動相場制に移行)で、新婚旅行で海外に行くなどは夢のまた夢で、新婚旅行といえば、青い海とフェニックスの宮崎というのが当時の定番であり、飛行機に乗るのも珍しい次代に、飛行機で宮崎に新婚旅行に行くのが若者の夢であり、昭和49年(1974)のピーク時には37万組の新婚さんが宮崎に行っている。
このブームのきっかけが、昭和天皇の第五皇女・島津貴子さんで、「私の選んだ人を見て・・・」と、昭和355年(1960)新婚旅行に宮崎を選んだことで、宮崎が一躍新婚旅行のメッカとなったのである。
NHKの朝ドラ「たまゆら」(1965年度放送)では、原作者の川端康成が宮崎の景色を気に入り、大淀河や日南海岸などでロケが行われ、さらに新婚旅行ブームが高まったと云われている。
ちなみに「新聞からご当地ソングが聴こえてくる」の宮崎のご当地そんぐは、
『太陽のメロディー』(昭和51年(1976)発売)
作詞・作曲:小渕 健太郎・今井 美樹・布袋 寅泰、歌:今井 美樹×小渕 健太郎with布袋 寅泰+黒田 俊介 である。


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